2005年02月12日

あらゆる情報は公正中立なものではない。

 最近、朝日新聞が報じた自民党代議士のNHKへの圧力疑惑が話題になっている。圧力があったのか、それとも捏造されたものなのかは当事者でないのでコメントしようがないのだが、記事自体が公正中立な視点から書かれたものだと言えない点が、この記事の擁護派の最大のウイークポイントだろう。
 情報を発信するという作業の中で、総情報の中から特定情報を選び出すという行為自体が個人の意思の反映の結果である。つまり、情報の存在自体に大きなベクトルがかかっているのである。アンケート調査の分析などがいい例なのだが、説明したい事象のために都合のいいデータだけを抽出して、もっともらしい結論を導き出すのは日常多く行われている。なぜ、このようなことを人はするのかというと、本来個人的な主観から完全に切り離せないはずの視点または結論に、客観的と思われる情報によってお墨付きがほしいからだ。分析の結果このようになっております。ほう、そうかこれが真実か。というリアクションを期待しているのである。
 今回の朝日新聞の件でおかしく感じるのが、なぜ、安倍氏と中川氏だけ報じるの。それもこの時期に。という点だ。大体、政治家がメディアに対して意見、苦言、忠告を言うことなどは日常茶飯事のことじゃないのか。この記事を書いた朝日新聞の記者さんは、ジャーナリストのキャリアの中で、NHKに意見、苦言、忠告を言った政治家に初めて遭遇したのか。そんなことは、無人島でジャーナリストをしていない限り有得ない。大体、与野党を問わず政治家やその知人がメディアに対して忠告をしてくれるのは日常茶飯事なのだから。
 よって、朝日新聞の記者さんがこの情報(正確か、虚偽かは別問題として)を人々に明らかにした行為自体が、何らかの意図があったと疑われる行為であったといえるだろう。そして、この情報が安倍氏、中川氏に不利なものである以上、両氏に不利な状況を作り出すものだと疑われるのは当然だろう。しかし、この嫌疑が不本意なものであれば、この嫌疑を晴らすのは簡単で、与野党、左右どちらの思想の政治家だろうが、民主主義の根幹を支えるメディアへの正義感に基づいた忠告をすべて漏らさず仔細に報じ、そして、それは民主主義を脅かす政治からメディアへの圧力であると、忠告をしたすべての政治家を指弾すればよいのである。
 小倉先生は、以上に挙げた問題点には目をつむり(もし、日常的に行われている色々な手段を用いたご忠告をこれまでのご活動からも知りえずに過ごし、知らないのでしたら、ごめんなさい。)、この記事の正確性や機能性のみに限定して議論しているのだから、先生の意見に同意できない人たちが多くいるのだろう。
 小倉先生の批判者達の意見への「なんだ、私のエントリーって彼らの痛いところをついていたんだ」とのご感想は、小倉先生が批判者達の意図をおかしな方向で誤解しているという以外、言葉が思いつかない。
 個人的には、小倉先生とは意見の一致が難しいと思うのだが、小倉先生に一言、言わさせていただきたいのは、小倉先生が批判者達に用いられた「ネット右翼」などのようなレッテル張り行為が、先生が用いられた言葉で言うならば、史上最悪レベルの「民主主義の敵」であった、ヒトラーが頻繁に用いた行為なのはご存知なのでしょうか。ご自身で、レッテル張りをなさっているのには気が付かれた方が良いのではないのでしょうか。ご自身が、「民主主義の味方」であられるためにも。

posted by 分析屋 at 07:44| Comment(0) | TrackBack(1) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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情報の取捨選択にかかるバイアス
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